【北陸特集】妻の故郷金沢へ。Iターン決断の理由とは?

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横浜生まれ横浜育ちの吉田さんは、「金沢に住みたい」と奥さまのご実家がある金沢へ家族5人でIターン移住されました。北陸最大手の広告会社である日本エージェンシーへ転職し、仕事の進め方もプライベートの過ごし方も、がらりと変わったそうです。金沢の広告会社で働く魅力とは? また、直接ご縁のなかった土地であるにも関わらず、移住を決断するに至った理由とは? 吉田さんに伺いました。
(マスメディアン編集部)

株式会社日本エージェンシー
第1アカウントディレクション部
アカウントマネージャー
吉田 健太郎氏

――まず、吉田さんのキャリアを聞かせてください。
2004年から2015年までの11年間、東京の広告会社に勤めていました。最初は営業としてショッピングセンターや百貨店の年間販促を担当していました。次にクリエイティブ局に移り、企画立案・制作が中心となりましたが、企業の商品・サービスや観光施設のプロモーションで全国を回ることもありました。その後、行政官公庁が主催の啓発、地域振興・交流、観光促進などの事業を中心に担当していました。私はどちらかというと媒体だけではなく、イベントの実施まで含む案件を手掛けることが多かったです。そして、30代後半のとき、2016年1月に、Iターンで金沢へ移住し、今は日本エージェンシーのアカウントマネージャーとして働いています。
 
――Iターンを思い立ったきっかけはなんでしょう?
やはりきっかけは家族です。私自身は生まれも育ちも横浜ですが、妻の実家が金沢にあるんです。仕事を切り離して、一父親、一夫として考えると、首都圏で共働きをしながら、子ども3人を育てるのはやはり夫婦ともにストレスを感じてしまって。家族のことを第一に考えると、妻の両親と近ければ妻の労力も軽減されるのではないかという期待と、金沢のような自然の多い環境でのびのびと子育てをしていきたいと思いました。私は結婚するまで、金沢に縁もゆかりもなかったのですが、妻と出会ってから年に数度、金沢を訪れるうちに「こんなところで暮らせたらいいな」という気持ちがどんどん募っていきました。車移動の利便性も魅力に感じたことも一つの理由です。地方は都会に比べて、公共交通機関が少ないので移動が大変だと思われがちですが、車移動が中心と考えると、金沢は道路や駐車場が比較的整備されているし、道が混むことも少なくとても便利です。何かしら買い物に行くにしても、子どもを連れて移動することを考えると、バスや電車の移動より遥かに楽でした。
 
――移住の決め手は何だったのでしょう?
東日本大震災の際に、全ての公共交通機関が停止して帰宅難民になり、家に帰れないという経験をしました。その時は一晩会社に泊まりましたが、今後もし、大きな災害があった時に、今の環境では、家族の元にすぐ駆けつけることができないことを実感し、不安になりました。金沢のような地方都市であれば、会社から今の家までは車で10分程度ですし、歩いたとしても30分で家に帰れるので、それが一つの決め手になりました。前から、金沢への移住を憧れとして考えていたこともあり、私自身の年齢も考えて最後のチャンスだと思って、長男が小学校に上がる前でのタイミングで金沢へのIターンを決断しました。
 
――Iターンに対してお子さんはどう思われたのしょうか?
6歳の長男は友だちと別れるのを寂しがっていましたが、金沢の魅力を彼もよく知っていたので、割りとすんなり受け入れてくれました。金沢で新しい友だちをつくる期待もあったと思います。
 
――金沢へ移住して、家族との時間は増えましたか?
そうですね。以前は通勤に片道1時間かかっていたのですが、こちらに来てからは10分程度なので、子どもが寝る前に帰宅できることも多くなりました。

――現在勤めていらっしゃる日本エージェンシーという会社について教えてください。
日本エージェンシーは、一人ひとりが広告ビジネスのプロフェッショナルで、今年創業45周年を迎えた石川では最大手の広告会社です。テレビやラジオをはじめとしたあらゆる媒体を取り扱い、コミュニケーションの総合コンサルティングを得意としています。クライアントは、民間・行政官公庁も含め北陸のビッグクライアントが多く、例えば、加賀温泉郷のPRプロジェクト「レディーカガ」や、金沢の工芸品と原宿のかわいい文化を掛け合わせた「かわいいね金沢プロジェクト」などが挙げられます。2000年からは、ADKパートナーズネットワークに加入しており、国内各地のノウハウ・経験を活用しています。

――日本エージェンシーへ入社してみていかがでしたか?
こちらの会社はみなさんそうだと思いますが、営業一人ひとりが、新規で仕事をとってくるところから、企画、制作ディレクション、フィニッシュまで手掛けます。一人ひとりの責任感が強く、仕事に対してのモチベーションも全体的に高いと感じました。当初はタイトなスケジュールに面食らいましたが、今考えると習うより慣れろという通過儀礼だったんだと思います。みんなから新たな刺激をもらいつつ、逆に私はこれまでこの会社になかったモノを新たに持ち込めればと思っています。
 
――現在は、どのようなお仕事をされているのでしょうか?
主に、街の活性化をゴールとしたプロモーションのお手伝いをしています。他にも流通施設やブライダル、不動産など、いろいろなクライアントを担当しています。
 
――金沢ならではの仕事の面白さはどういったところにあるのでしょう?
企業のトップ、すなわち正真正銘の決裁権を持っている方と直接対話することが多いことです。その分、さまざまな人と人とのつながりが大事であると実感しています。実際に信頼を得られると密にコミュニケーションを取りながら速いスピードで仕事を進めていけるので、強固な協力体制を築けるのが魅力ですね。それに金沢の土地柄だと思うのですが、ホンモノ志向が強く、流行りではなく、本当に良いものを取り入れる傾向があると思います。そういった方々に信用していただくためには、A案がダメであればB案を提案しようといった二段構えではなく、一番良いと自信を持てるA案を全力で提案する必要があります。ベストな案でなければ、信用をさらに深められませんから。また、自分が担当する仕事領域が広いことが、いい意味での緊張感を生み出し、仕事への取り組み方を面白くしてくれます。
 
――今後の展望についてお聞かせください。
今はまだ与えられた役割や目標に取り組むことが中心ですが、北陸新幹線というインフラのメリット、また、自分のこれまでの経験・ネットワークを生かして、民間・行政問わず、北陸と首都圏のタイアップ事業などに携わっていければと思っています。北陸と首都圏をひとつなぎのフィールドとして発信・展開する機会を創出したいです。地方創生の一翼を担う存在になっていくなどと言ったら大変おこがましいですが(笑)、この土地で働いていくうえでの信念として持ち続けていきたいと思っています。

――最後に、吉田さんが思われる金沢の魅力を教えてください。
金沢はすごくコンパクトな都市で、とても生活しやすい。田舎と都会のハイブリッドとでも言いましょうか、田舎の良さと都会の良さが共存していると思っています。最初にも言いましたが、自然があって、車の利便性が高く、のびのびと子育てができること。そして、なにより魚が美味しいのも金沢の大きな魅力だと思います。蛇足ですが…横浜にいたときは日常だった満員の通勤電車と終電ダッシュ。今思えば、それらがなくなったことにより自分は少し穏やかになったかもしれません(笑)。
 
――本日はありがとうございました!


※2016年11月に取材した内容を掲載しています。